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2012年3月12日 (月)

うつ病-12

 入社初日、社員の方々は皆、快く迎えて下さりました。

 事務所の私の机には、すぐにでも仕事に取り掛かれる様、文具品や印鑑、それにパソコンも用意して頂けました。また、検査業務の方も、難なくこなせるようになりました。具体的には、大腸菌などの微生物検査の他、水分、塩分、水分活性値などの理化学的測定・検査を行っていました。特にスピードを要求される訳でもなく、この検査業務に関しては、私一人で、自分のペースで行うことが出来ました。

  こうして、午前中は検査、終われば午後は事務所でクレーム処理や商品仕様書の作成、さらにはお客様からの商品に対する問い合わせ対応、などといった事務作業、という仕事の流れが出来ました。

  私が入社してすぐに騒がしくなったのは、狂牛病問題です。事件が公になるや否や、お客様からの問い合わせのファックスが殺到しました。原材料に、牛の危険部位である骨髄やゼラチンなどが含まれていないかどうどうか、という内容です。私共の製品にはそのような原材料は一切使用していませんでしたから、その点の処理は簡単でしたが、驚きと同時に、多少疲れました。入社して間もない頃でしたから。

  社長は、その私の仕事振りを評価してくれました。私は検査が主体で、事務作業まで即戦力になる、とは当初期待していなかったのでしょう。

  クレーム処理も、最初はとまどいましたが、直ぐに慣れてきました。
  コツをつかんだ私は、検査を早々に済ませると、クレーム処理に没頭するようになりました。お盆前のこの時期、私共食品業界は稼ぎ時なのです。そして、多く売れれば売れるほど、クレームも多発します。多い日は一日に四、五件さばいていました。文章はパソコンで作成しますが、前職でパソコンのタイピングには慣れており、内容が固まれば、あとは迅速に文書化し、印刷することができました。

  入社して二回目の給料日、明細を見て私は驚きました。給料が早くもアップしていたのです。打ち間違えではないかと思い、主任に尋ねたところ、
「期待以上によくやってくれているから。入社時点では過小評価していた。申し訳ない。」
とまで言われました。日々、わずか一時間程度の残業しかしていないのに、前職よりも多額の給料となりました。

  この頃はクリニックに通い、坑うつ薬と眠剤を処方してもらい、服用していました。しかし、仕事も楽しく打ち込めることが出来、うつの症状は薄れてきました。もうじきうつは治る、と信じていました。

   
 ただ、実は転職前に、主治医の先生から、
「完治するまでは、大きな事、例えば離婚、マイホームの購入、転職などはしてはならない。」
と警告されていました。転職は先生には内緒でやった事です。これがその時点では奏効した形となっていました。
ですから、この先生の警告は、半ば無視していました。
 
 そして入社して四ヶ月目、念願のマイホーム購入に踏み切りました。私も気が付けばもう三十六歳、三児の父親です。いつまでも借家住まいではいけないと考えていました。何とか住宅ローンを組むだけの収入も得ていましたし、うつもほとんど症状がなくなっていました。安定して勤務し、お給料も頂ける、そんな自信があったからです。

  松山市内の中心部に近く、また、私の両親の住む実家にも歩いて行ける好物件があり、3LDKを購入しました。ローンの返済期間は長く、私が七十歳になるまで支払い続けなければなりません。ちょっと厳しい条件でしたが、思いきって決断しました。この頃は、体調も良く、うつが再び悪化するかもしれない、など全く思っていませんでした。

  しかし、これで、主治医の先生の警告を二つ破ったことになりました。その代償は、あまりに大きなものとなって、後の私に襲い掛かってくることになるのです。

 

  うつ病編-終わり。

  次回からは、躁うつ病編になります。

 

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